「暑い」
ぼつりと不満いっぱいに呟かれた馬超の言葉に、趙雲は振り返って小首を傾げた。
「そうか?」
「暑い。氷が喰いたい」
「無茶を言うな」
苦笑する趙雲にいくら駄々を捏ねてみせても馬超は、最後には、夏なのだから仕方ない我慢しろ、との一言をもらえるだけだった。
だが暑いものは暑く、誰が見ても機嫌の悪そうな仏頂面で馬超はむっつりと押し黙る。
それを見た趙雲は何か思案すると、馬超から一歩、遠のいた。


「…ッ!」
「……」
その刹那、趙雲が手にしていた槍の穂先が馬超の喉元、皮一枚手前で止まった。
あまりに咄嗟のことで、そしてあまりに想定外のことで馬超は身じろぎひとつできず、眼光鋭い趙雲の姿を、目を見開いて見つめ返すばかりだ。
「…これで、少しは涼しくなったか」
「…な…」
趙雲の言に、確かに暑さなど吹き飛び自分がひやりとした緊張感に包まれていることに気付いた馬超は、なんとかぽかんと口を開くことだけはできた。
掠れる馬超のその声が音を成すと趙雲は身体から力を抜き、溜息を吐きながら槍を引いて馬超にくるりと背を向け、小さな声で呟いた。
「…隣で、そんなに不機嫌な顔をされては、堪らない」
「…え?」
「……」
「…あ」
思いがけず漏らされた趙雲の本音に、馬超は己の自儘さにやっと気付いて、慌てて趙雲に一歩、近づいた。
「子龍」
「……」
「子龍、すまない。すまなかった」
「……」
「…ごめん」
頭を下げ、その額を趙雲の肩へこつんと乗せる馬超に、趙雲は目を伏せたまま言う。
「…暑いのだろう?」
「ごめん。でも、お前といたい」
「…くっついたら、余計に暑いだろう?」
「でも、お前に触れていたい。お前と一緒にいたい」
「…もう、氷が食べたいなどと無茶は言わないか?」
「うん。子龍といられれば、いい」
「……まったく」
ふゥ、と先程とは質の異なる溜息を吐いた趙雲の気配がやわらかく緩んだことに気付いて、馬超は恐る恐る顔を上げてみる。
するとすかさず、趙雲は首を傾いで馬超の口唇を攫った。
「!」
「まったく、我が侭な奴だな」
「…ご、ごめん」
びっくりして思わず口許を掌で覆いながら馬超が詫びてしまうと、趙雲は目を細めてくすりと笑った。
その涼やかな笑顔に、馬超はいてもたってもいられず趙雲を抱き竦め、暑い、と笑みを含んだお小言を頂戴するのだった。








the ice


≪re.