その身体は、あたたかい。
あたたかいのに、まるで水を抱いているかのようだ。
薄明かりすら感じ取れないのに、何もかもが手に取るようにわかる。
腕に抱いた趙雲の黒髪も、趙雲の瞳の色も、趙雲の肌も。
だがその趙雲の身体には、何かが絡みついている。
細く、長い何か。
ああ帯だ、と馬超は思う。
趙雲の腰に留まって然るべき帯は何故か、趙雲の身体に巻き付いてそれを隠している。
こんなものは邪魔だ、とも馬超は思う。
こんなものがなければ、もっとよく趙雲が見えるのに。
外してしまえ、と腕を動かそうとして馬超は気付く。
腕には、趙雲を抱いているのだ。
これでは外せない。
趙雲を離すことはできない。
ならば、とて馬超は趙雲の肌へ喰らいつき、邪魔なその帯を咥えた。
衣擦れの音ひとつしないままに帯は、さらさらと趙雲の身体を流れる。
これで、趙雲がよく見える。
趙雲の髪も、趙雲の瞳も、趙雲の肌も。
馬超は、趙雲を呼ぼうとする。
何度も音にし、何度も口にしてきたその名を呼ぼうとする。
だが、声は出なかった。
口には、帯を咥えたままだ。
この帯が、邪魔だ。
こんなものがなければ、趙雲の名を呼ぶことができるのに。
だが馬超は、それを捨てられない。
これも、趙雲だから。
この帯も、趙雲の一部だから。
趙雲を抱いたまま、趙雲の帯を口に咥えたまま馬超は、きッと顔を上げる。
そこには何もない。
薄明かりすらない。
馬超は、ぎりりと帯を噛んだ。

「……き?…う、き?」
「ン…」
ゆっくりと馬超が瞼を上げると、そこには月明かりを身に纏った趙雲が心配げに己を覗き込んでいた。
「大丈夫か?うなされていた」
「……ああ」
額にかかった髪を優しい手つきで梳いてくれる趙雲に、馬超はここが趙雲の邸で、趙雲の寝室で、自分が趙雲と同衾していたということを理解する。
が、思い出せない。
「嫌な夢でも、見ていたのか」
「いや…わからん。覚えていない」
「苦しそうだった」
「…そうか。覚えていないが、良いものではなかったのだろう。何だか腹の底がざわざわする」
「大丈夫かい?」
「ああ、起こしてくれて助かった、子龍」
「…うん」
馬超がそう言うと、趙雲は幾分安心したのか起こしていた上肢をまた元のように横たえる。
至極当然のように肩口に頭を預けてきた趙雲の身体を、馬超は至極当然に腕に抱く。
その身体は、あたたかい。
あたたかいので、そっと目を閉じる。
趙雲の髪も、趙雲の瞳も、趙雲の肌も、今は何も見えないけれどそのあたたかさは確かだった。
the dark
≪re.